新年あけましておめでとうございます。
本日の日経新聞の1面に「進化の道変えた原発、小型炉に浮かぶ現実解」という記事が載っています。大きな流れとしては電力も地産地消ですので、再生可能エネルギーのみならず、原子力発電も同じだとは思います。
ただ気になるのは、福島事故以降10年が経とうとしているにも関わらず、エネルギーセキュリティ、安全保障としての原子力の議論が、相変わらず、今予想されている技術の延長線上、即ち、数十年~100年の単位、100年後の未来という程度で議論されているということです。
原子力の安全性(事故確率)を考える場合、1000年のオーダーでは不十分で、仮に、1000年のオーダー(確率)で事故が予想された場合、それは黄信号であって、何か手を打たなければならないことを意味します。
従って、安全性も必要性も、小型炉だからとか、地中に埋まっているからだとかといった感覚的な議論で終わってしまうだけでは、やはり悲しいです。
必要なことは、何十万年も先を見据えて議論することだと思います。勿論、そんな先のことは分からないということかもしれませんが、ただ、そうすることで何が変わってくるかと言えば、「安全(事故の発生確率)」へのこだわりと原子力技術に限らない「技術革新」を議論(考慮)する必要性が出てきます。その上での百年後の姿です。
電気事業における技術革新で言えば、例えば「蓄電池」が重要になるかと思いますし、さらには需要予測や制御・安全管理に使う「AI」もそうかもしれません。
今は、送電・配電の頭文字をとった「送配電」という言葉がありますが、蓄電・配電の頭文字をとった「蓄配電」という言葉が一般的になる日も遠くはないかと思います。
原子力の必要性や安全性を議論する際には、せめて「超長期の時間オーダー」「技術革新」「信憑性」を普通に考えて(紙面に書いて)欲しいなあ・・と思います。
コロナ禍、まだまだ生活の不便は続きますが、VUCAの時代と言われる昨今、今後も予期しないことが起こるかと思います。
医療従事者の皆様におかれましては、考える間もなく人命救助というご苦労に心より感謝致しますが、その一方、原子力の方向性、エネルギー産業については、考える時間が増えたかと思います。
全てが重要だとすれば、重要なことが一つもないのと同じことです。
原子力の安全性は、数十万年のオーダーで考え、安全確保上、特に大切なことは徹底していくことが重要です。特に大切なことを、ひとつずつ「徹底」していく中で、長期的な「技術革新」と「信憑性」を考慮した議論をして頂ければと思います。
本年も、どうぞよろしくお願い致します。
ご安全に。